ねりあめ屋

ねりあめ屋です。

垂れ流し

とても久しぶりにはてなブログを書く。

勢いで始めたものの、なにせアナログ信仰の欠片を大事に持っているゆえ、紙の日記を書くことにしてからはすっかりご無沙汰してしまった。

そしていま、最近紙の日記を全然書けていないので、はてなブログに舞い戻ってきたというわけである。

 

手を使って文字を書くことと、キーボードを打って文字を記すことの大きな違いは軽やかさにあると思う。

文字を書くということは、紙なり何なりにその時のことを刻印するということで、身体とその物質が密に絡みあう。辿ってきた痕跡が否応がなく現れてくるし、消すことですらある種の上書き行為である。

一方でタイピングは、文字を書く、というより文字を放つと言った方がしっくりくる。頭のなかの言葉をそのまま外へ外へ出していく、フットワークの軽さ。身体に抱えられる言葉の連なりには飽和量があるような気がしているので、自分が持つ言葉がいっぱいになってしまったとき、0と1にそれを変換していく。

どちらが良いとか悪いとかはもちろんなくて、ただその選択にはその時の身体と思考の状態が映し出されている。文字を書く行為は、一見アウトプットに見えるもののの、実際は自身に跳ね返ってきている。文字を放つという行為は、思考を自身から解放するという意味合いを伴ってくる。

輪郭を確かめたいか、デトックスをしたいか、その違いなのかもしれない。

 

ちいさい秋の音が聴こえる。

髪を切られるのが好きだ

先日、美容院に行った。

美容師さんからは2ヶ月に一度来ることを勧められているのだけれど、いかんせん忙しくて、2ヶ月以内に行けたことはあまりない。今回も、悲しいかな、4ヶ月ぶりの予約。あまり髪に頓着はないのだが、流石に乾燥と毛量が気になりそろそろ美容院に行かねばと思っていたところ、ちょうど予定が空いた。善は急げ。予約サイトをすぐさま開き、私の髪は救われた。

 

昔から、美容院で髪を切ってもらっている間は、鏡に映る美容師さんの手元をじっと見てしまう。迷惑だったら本当に申し訳ないのだけれど、髪を梳いたり、櫛を使って見えない線を鋏で切り取ったりするその手つきの鮮やかさがとても美しくて、ついつい魅入ってしまうのだ。そんなわけで鏡をずっと見ているから、もしかすると自分の顔が好きな人だと思われているかもしれない。自身の顔はそんなに好きではないのだけれど、それはまぁ気が向いたら別の機会にでも。

カラー剤を塗られるのも好きである。髪にしてみれば異物でしかないそれをすんなりと受け入れられるようにする、美容師さんの技に感服だ。

先ほど言ったように、髪にあまり頓着はない。というか、カタログなどで髪型や髪色を見るのは好きだが、いざ自分でとなると何が似合うのかがよく分からない。何事も、自分の存在が目の端にうつると濁ってしまうような感覚がある。そんな私を知ってかどうかは定かではないけれど、美容師さんは様々な髪型を提案してくれ、似合う/似合わないの相談に乗ってくれる。その会話術たるや恐るべし。人と話すことが苦手な私からしてみると、本当に尊敬の域なのである。

「とりあえず量を減らしたくて.......若干雰囲気も変えられると嬉しいです」

「じゃあこんな感じで少しタイトにしてみますか?」

諸事情により髪を伸ばしている客のとてつもなくふんわりとした要望にも、ぴったりな提案。長い付き合いで信頼している美容師さんに全てをお任せし、私はじっとその手元を拝見する。憑き物がとれていくような晴々とした気持ち。髪には邪気が宿ると古来から言われていたりもするが、そういったことも関係しているのだろうか。

これでどうでしょう?と後ろも鏡で見せてくれるけれど、もちろん仕上がりに文句などない。ヘアオイルの柑橘系の香りも相まって気分も良い。

美容院とは何て素晴らしい場所なのだろう。

帰り道、ショーウィンドウにうつる自分に柄にもなく心が躍る。

元来毛量が多くまとめ髪にすることが多いが、当分は調子に乗って髪をおろしてみようと思った。

これでいいの?

ノリと勢いと直感で日々過ごしているが、意外と論理的に見られている不思議さを楽しむ或いは訝しむ今日この頃。そんなこんなでブログを始めました。

 

なぜブログなのか。今のところ写真を投稿する気はないし、溜まりゆく文章の所在に困っているだけなのでブログである必要はない。SNSにつらつら書くという手段でも勿論良かったわけだ。

実のところ、本当は知人向けにメールニュースを配信してみたかった。いや一般人のメールニュースなんて誰が読むのだろう、そして連絡先の管理が面倒くさそうだ.......。現実的なことを考えてしまってその案は立ち消えたが、読者になってくれる心優しい(風変わりな)知人が増えたらやってみても良いかもしれない。

そんなことはさておき、ブログが流行り始めた頃、私は自分のパソコンを持っていなかった。学校のパソコンルームで時々いじれるタイピングゲームで喜んでいたあの頃である。そう、Power Pointのアニメーションに大きすぎる夢を持っていたあの頃。Excelのセル塗りつぶし機能を駆使してチラシを作ってみたりしていた素晴らしき日々。兎にも角にも、ブログを始められるような身分では無かったわけである。

以来、きっとどこかでブログへの憧れはあって、何をどこでどう間違えたか常に脳内で文章が生成されるような人間に育ち、知らず知らずのうちにはてなIDを作成していた。ということにしておこう。

 

さて、どこがノンフィクションでどこからが創作なのかは解釈にお任せするとして、ひとまず飽きるまで0 1の世界に思考を集積したく。

人がみえると良くも悪くも意識してしまうゆえタグもコメントもご容赦ください。

遠くから生暖かく見守っていただけますと幸いです。

 

三日月が美しいので、これにて解散。