ねりあめ屋

ねりあめ屋です。

霧のなかで木漏れ日を見上げる

ふと、寂しさと怖さの生まれるところは同じなのだろうか、と考える。

消えゆくとき失うとき、寂しいのか、怖いのか。

 

車窓から見えた彩雲を必死にカメラに収めていた私の視線を追ったあの人は、果たして虹色に染まったちいさな雲をとらえることができていたのだろうか。顔もまともに見えず、名前を知る由もない彼は、かの日を覚えているだろうか。

 

ある朝、いつもより四十分ほど早く目が覚めた。身支度を整えていると、郵便配達のバイクが停まり、そして去っていく音がした。肌に触れると少しばかり冷たさを感じさせる空気にまざって時折落ちてくる雨粒。郵便受けを覗きにいく。

新聞と、一通の手紙が届いていた。

手紙は、あの子からだった。数年のあいだ毎日のように隣に座り、そして今もたまに近況を報告しあう、あの子。メールをすればいいものを、どうしてまた手紙を。

あまりにもイメージ通りの真っ白い洋封筒に、端正な文字で宛名と差出人。フラップは糊付け、律儀に〆の印。これは丁寧に開けないといけないぞ、と鋏を探す。封筒をリビングの灯りに透かし、真っ直ぐと刃をいれる。淡いクリーム色の便箋が綺麗な2つ折りで入っていて、わずかにざらつくが滑りの良い紙だった。何となく背筋を伸ばして、便箋を開く。若干角ばった、しかし整った文字を目で追う。

あの子は、私に別れを告げるために文をしたためたようだった。

 

あの子にとって私は、たった1枚の紙で縁を切れる存在だったのだろうか?

いつも横から眺めていた彼女の瞳を思い出す。西陽が差し込むとき、やや暗めの煉瓦色のなかにわずかに黄金色が顔を出し、透き通ったガラス玉のようなそれはあらゆる景色を映し出しているかのようで、それでいて何ひとつとして染まってはいなかった。あの子はどんな時も、あの子でしかなかった。きっとひとりでも歩けてしまうのに、どこか脆さをもっていて、けれどもそれごと引き受けられるしなやかさを持つひと。あまり笑わない彼女がふっと口元を緩めると、心を許されたような気がして、なんだか嬉しかった。

こういうわけだから、私はあの子に対してひとつの暴力を与えている自覚はしていた。

私は彼女に憧れていた。憧れは、必ずしも美しい眼差しではない。尊敬も然り。それらは、距離を置くことだ。私とあなたは違う場所にいるのだと、私には手の届かない存在であると。親しいひとから寄せられる憧れほど苦しいものはない。同じ場所からそれぞれの目線で見えたものを分かちあいたいのに、最初からそれが叶わないのだから。いつのまにか偶像が出来上がり、枷となる。

彼女は聡明なひとだから、私が憧れを抱いていることに気がついていたと思う。そして、その感情をもつことを許してくれていた。

あぁ、だから手紙なのか。唐突に合点がいった。

余白を勝手に埋められるように。私があの子を解釈できるように。

或いはそれはあの子の弱さなのかもしれないが、それでも、あなたはどうしたって眩しい。

眩しくて、そのことがずっと寂しかった。あの子が私の憧れを引き受けたこと、引き換えに眩しさの向こうを見せてくれなくなったこと、置いて行かれたようだった。無論、私の口から言えることではない。

一葉の手紙で、あの子と私の繋がりがなくなるということは、この手紙だけが私たちの時間を確かにあったものだと証明するということ。では、これを失くしてしまったら?手から砂が溢れていくとき、流れる砂は止まることを知らない。

 

あの子のなかから私という人間が消えることが、怖い。私にはそれを確かめる術はなく、都会の煌びやかな高いビル群に突然に囲まれるような感覚に陥る。私は呆然と立ち止まり、周りの誰もが足早に去っていく。みんないるのに、私だけがいない。

 

寂しさは贅沢だ。わかりあえると信じるからこそ、こんなにも寂しい。誰もが知らない面を被り、私がそれを理解できないものとして退けたならば、寂しさなど感じない。

果たして、手の届くうちに寂しさを取り戻せるだろうか。それとも、怖さに変わるだろうか。

 

夏と冬を繋ぐ一瞬のあいだ。境目のぼやける時季にあてられて、靄に潜りたくなってしまった。

旅を内在化する

近年、ひとりで旅をする機会が増えた。増やしたともいう。

元来は結構な神経質で、知らない土地に行くことや知らない場所で眠ることに不安を覚える類の人間だったが、一度ひとりで旅に出てみたら不思議と枷が外れた。以来、暇(そしてお金)があれば行きたいところへ行くことにしている。

 

旅をすると、いかに自分がその土地で異物であるかを自覚する。言葉のイントネーションがその最たるもので、宿や駅、信号待ちの時に隣から聞こえてくる他愛もない会話が、お前は外から来た者だと暗に示しているよう。

偶然か必然か、あまり華やかでない土地に行くことが多い。華やかでない、というのは決して否定的な意味ではなくて、単に、観光地然としすぎていないという意味。日常と観光が地続きだけれど、生活と来訪者の境界が鮮明な土地。

さらに、平日だったりあるいはいわゆる閑散期に尋ねることが多いので、人が少ない。人が少ないということは、観光客の私が目立つということでもある。ここでも、自らが異物であることを感じる。

端的に言って、居心地が悪い。

けれど、先日気がついたのは、居心地の悪さを忘れないために私はひとり旅をしているのではないか、ということ。

自身のほかに乗客がいない路線バス。ぽつりぽつりと常連さんらしき方がやってくる喫茶店。片手で数えられるほどしかお客さんのいない定食屋。

そこで私は、その場所のルールを一切知らないことに気後れする。どのように振る舞うべきかを考える。店員さんなどの相手に不快感を与えないために、表情と行動を組み立てる。丁寧に言葉を選ぶ。

それは、普段の日常生活ではついおざなりにしがちなことで、しかし他者と関わるためには必要不可欠な姿勢だ。自らが他者に対して不快感あるいは不信感を与える脅威となり得ること、努力なしに関係性は成り立たないということ、等々。

ひとと関わる、すなわち自らの内に他者を招き入れるということは、重ねてきた積み木を崩してそしてまた高く広く積んでいくことだと思う。その作業を根気強く続けることは、断じて簡単なことではない。積んでいくにつれ、自身の考える正しい積み方を固めて傲慢になってしまったり、これ以上積むのをやめてしまうこともあるだろう。安定が悪だとは言わない。ただ、時々、自らが積んだ山から離れてみてもいいのではないか。

そうして感じる居心地の悪さは、誰かとよりしなやかに関わっていく仕草の糸口を照らしたり、あるいは無意識に自分自身を縛っていた「らしさ」のようなものを溶かしていくかもしれない。

誰かと歩くためにひとりで旅をしたくなる。

一見矛盾しているようだが、私にとってのひとり旅とはこういうものなのだ。

 

部屋の片付けをしていて発掘された、高校生の頃に書いた作文。

曰く、「いくら旅をしたとしても自分からは逃れられない」。

相関図とかどうでもいい

記憶と記録。

いまだ、これといった答えは出ない。

ひとつわかったのは、いわゆる「歴史」、大文字の歴史から零れ落ちる視線をのこしていきたいということ。万人に広く知れ渡る歴史に名を刻むことの尊さを認める一方で、やはりそこから抜け落ちるようなささやかな出来事やひとが消えゆくことへ寂しさを覚えるということ。

存在は、歴史にのこらなければ無かったことになる。確かにそこにあったものが、大きな文脈に入るに値しないと判断されることで、それがあった事実自体を消される。出来事を形作っているのは、他愛もない市井の記憶だというのにも関わらず。

だから、記憶を記録として普遍的なものへと変換してゆく。

 

寂しさと同時にあるのは、怒り。

その怒りは、感情や関係性の在り方がいとも容易く大枠の名前/記号に回収されてしまうことに対して日頃から感じる違和感や抵抗に、似ている。

 

一方で、誰かの記憶をいただくという営みに潜む搾取の側面。そういった傲慢さがあることを忘れてはならないし、それを気にかける努力を続けなければならない。

悩むことと苦しむことは時に重なってくるが、それくらいしかできないのだから、これからも丁寧に悩みたいと思った今日この頃。ひとと正面から向き合うためのしなやかさと優しさを身につけていきたい、この先へ。

「⚪︎⚪︎さんなら繋がってるから、連絡とっておくよ」

よく耳にするこの一文。

「繋がっている」とは一体どういうことなのだろうか?

文脈で考えると、連絡先を持っているということだろう。メール、電話、LINE、SNSのDMなど、何かしらの手段でメッセージが送れるということ。あまり当てはまらないかもしれないが、住所を知っていて手紙を送ることが出来る、なんてパターンもあるかもしれない。

では、メールアドレスや電話番号を変更したら?LINEやSNSを削除したら?引っ越したら?

次の行き先を告げられず連絡先を変更された場合、「繋がる」手段は無くなる。少し考えてみれば当たり前のことだ。しかし、そんなことをする人は多くはないため、この当たり前のことを普段は意識しない。一報もなく連絡手段を断ち切るひと、それは一般に「飛んだ」状態だと言われる。そして「飛ぶ」ことは非常識なことだとされている。これに対して特段の異議はない。とりわけ仕事相手ならば、職場を離れる前に一言欲しいというのが本心だ。

けれども、ここで言いたいのは「飛ぶ」人間への文句ではない。何らかの切羽詰まった理由で「飛ぶ」ひともいるだろう。かくいう私も、しんどさが限界に近くなってきた時には、プライベートな連絡を疎かにしがちな性格である。仕事関係の連絡は元来の小心者気質のおかげで続けられるのだが、そこでもう充電切れ。相手の気を悪くしないように文章や会話を組み立てるささやかな動作が、いつもは難なく出来るのに、途端に努力を要するものへと変わってしまうのである。俗にいう、余裕がない状態というのはまさにこうした状態のことだろう。便りがないのはいい便り、という諺については半信半疑である。

......些か話が逸れてしまった。本題に入ろう。

ただ単に連絡先を知っているという状態は、本当に「繋がっている」状態と言えるのか?というお話。

これまでの流れからお察しの通り、「繋がっている」とは言い切れないと思う。しかしこれには、ある側面においてはその限りではない、という注釈がつく。

連絡先を知っていることが「繋がっている」状態だとすると、私と一番深いつながりを持っているのは、Metaだったり、クレジットカード会社ということになる。確かに、SNS運営会社やクレジットカード会社と私の結びつきは強いだろう。ある側面においては、というのはこういった場合だ。公的な領域においては、連絡手段をより多く持っている状態こそが、強く「繋がっている」状態だと考えられるのである。いわゆる個人情報を掴まれている状態とも言える。

ただ、いまここで書き留めたいのは、私的な領域においての「繋がる」ということについて。

私的に「繋がる」とはどのようなことか?

よく顔を合わせたり、頻繁に連絡を取り合ったり、といったことが挙げられるのではないだろうか。ちなみに、連絡先を持っていることと、連絡を取り合うことは大きく違う。前者はただ単に相手の存在を認識しているだけで、後者は相手を知ることが出来る。そう、私的な領域における「繋がる」とは、相手を知ることなのである。

会うことも、連絡を送ることも、それ自体が目的ではない。その時に相手がどのような状況か、何を考えているのかなどを知るために行う仕草だ。

知りたいと感じる相手に対して、ひとは会う約束を取りつけたりメッセージを送ったりする。時間を共有することで、相手のことをより深く知りたいという思い、場合によっては自身のことも知ってもらいたいという思いが実現される。

おそらくこれが、私的な領域での「繋がる」ということだ。

公的な領域においても、会議の場など、相手の考えを知るという光景は日常的にある。相手を知るという行為が、自身にとって公的な領域で行われるか私的な領域で行われるかの違いだ。その区別は必ずしも二項対立ではないし、公的な領域をきっかけに私的な繋がりが生まれることも多くある。よき仕事仲間がよき友人になる例も少なくないだろう。

相手に自らを明け渡してもらい自身も相手に明け渡すこと、これが私的に「繋がる」こと。

 

じゃあなんだ、結局あなたが言いたいのは、ひとと分かりあうことが大事ってことなのか?

ここまでつらつらと書いていると、こんな声が聞こえてきそうである。しかしそうではない。むしろ、私が心に留めておきたいのはその逆とも言えることだ。

いつだって自らの意思で繋がりを解くことができるということ。

連絡先を持っていることそれ自体は、私的に「繋がる」状態と直結はしない。ただ、連絡手段があればあるほど私的に「繋がる」ことのできる可能性は高くなる。

逆にいうと、連絡先を減らせば減らすほど、相手から「繋がる」ことができる可能性は低くなる。これもまぁ、当たり前。けれどもやっぱり、何かと繋がっていることが常となっていることが指摘されている今日この頃、いつでもこの「繋がり」を断てることを私たちは忘れがちだ。

自由に「繋がり」を解ける、ふっと姿をなくすことができる。

メールアドレスも電話番号もLINEもSNSアカウントも、なんならこのブログも消すことができる。引っ越しは難しいかもしれないが、長いあいだ旅に出たっていい。

だって私はどんな時でも私のものだから。

そう思うと、少し呼吸が楽になる。

このように考えてみると、そんな今にでも断ち切れる「繋がり」を保つことには、おそらく日頃感じている以上にエネルギーが使われているのだろう。これがきっと、人間関係が尊ばれる理由のひとつなのだろうし、ひとと継続的に関係を築くことのできる人間がもてはやされる理由ではないだろうか。

なんとまぁ分かりきったことを、と言われるかもしれない。こんな長文でつらつらと。

だが、不文律をいちいち書き留めないと落ち着かない日だってある。そういった日は、不思議と、透明になりたい願望が高まる日でもあって。

ばいちゃ!って感じで軽やかに、いつの間にか去っていきたいものである(唐突なアラレ語)。

つまるところ、関わりの話

書店で短歌集を手に取った。

うつくしい言葉の連なりに触れると、重い水からすっと引き上げられたような気持ちになる。

うつくしさと飾り気は全く違う。単に綺麗な単語を並べたものではなく、時には苦しみや痛みを内包した、けれどもそれらから脱け出そうとするうつくしさ。前へ進もうとするしなやかさがそこにはある。

丁寧な細工のアクセサリーとか、素敵な装飾のワンピースとか、ちらちらと輝くネイルとか、活版印刷のカードだとか、ときめきを感じるものはたくさんあるけれども、やっぱりいちばんは言葉だなと思う。誰かの言葉をいただくこと、誰かに言葉をあげること、ただただ言葉を置くこと。そのどれもに焦がれている。

4粒くらいしか入っていないチョコレートボックスを実はあまり理解できていなかったのだけれど、あれって短歌集みたいなものだったのか。ちいさなきらめきを手元に置いたり、ひとに贈ったり。

 

あたまの中でとめどなく言葉が流れていて、いよいよ窒息しそうだったので、こうして文字を綴っている。自分自身を濾過している。

実際の私というものは怠惰でどうしようもなく愚かな人間だけれど、文字を綴ると、出来上がったものは幾分か見ていられる。私から離れていった言葉は、私から離れたがゆえにうつくしくいられるのだろう。

 

言葉はそれ自体では成り立たない。使い方、届け方、受け止め方。どうしたって言葉を扱う存在が絡んでくる。煩雑に言葉が溢れるいま、言葉というものとそしてその向こうにある存在を見つめなければ、簡単に道を踏み外すことができる。できてしまう。

発する前に聴くこと、綴る前に深めること、こんな当たり前のことをいつから忘れてしまったのか。この虚しさを分つことだって、夢物語になりつつある。

真実を負って放たれた言葉と声が正しく届くことを願う、沈黙の夜。

 

揃いもそろって甘い贈りものになるわけではない。

ときめきを食むような言葉の一方で、味わう暇もないほど切実な言葉もあって、それに耳を澄ます日もしばしば。

どれも、離れたものなんかではなくて、すべて繋がっている。

そういったひとつひとつのわざを、留めていきたいと思った。

記録と自分に関する何らか

記録をすることに興味を持った元々のわけは、たぶん、自分に興味がなかったからのような気がする。正確には、自分に、というより、その出来事のなかにいる自分という存在、に。

要するに、私がいなくても、その出来事が拡がっていってほしいということ。消えゆくものに寂しさを感じるということ。

日記といった、ごく個人的で内的な、自分の輪郭を確かめるための記録とは違って、誰かがいて初めて成り立つ外的な記録を考えたいということなのかもしれない。

けれども、記録を内的・外的と分けることは、記憶をおざなりにしているような気もしている。内的な記憶を無理やり外的に推し進めることは、記録の暴力?

 

ここまで考えてふと思ったことだけれど、私自身の記録とは一体何なのか。

単に自身が写った写真とか映像とかもそれになりうると思うが、自分に関係する誰かの記憶も私の記録になっていくと言っていいのか。私に関係する誰かは、私においてある種の記録メディアなのか?

その昔、人の記憶のなかだけで生きていたいと願ったことを思い出した。

記憶と記録と、そして視線

記憶を誰かに見せたことがある人はいるだろうか?

話したことはあるかもしれない。けれども、記憶そのものを他者に見せたことがある人は、きっといないのではないだろうか。

記憶と記録の違いのひとつは、みることができるか、にあると思う。記録は見ることが出来る。むしろ、見ることができなければ記録をする意味がないといっても過言ではない。

見る/見られるという行為には視線が生まれる。視線は時に、暴力的なものとなる。平安時代に、見ることで婚姻を結ぶ垣間見という文化があったように、視線は他者を支配する力を持つ。

常に見られる可能性を備えた、記録というもの。他方、誰にも見られない、記憶というもの。記憶は、他者から解放されている。

 

ところで、そもそも「記憶そのもの」ってなに?